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現在

 

現在、世界中で年間120億個のコンドームが製産されています。
2人のフランス人貴族、ブルボン皇子( the Prince de Bourbon)と彼のビジネスパートナー、ドゥビズモン伯爵(the Count de Bizemont)は新しい、シックで洗練されたコンドームを作ろうと試みました。
"引き出しの奥深くに隠さなくても良いような、ベッドサイドに置いても恥ずかしくないコンドームボックスが欲しい"
C.E. de Bourbon Parme
"コンドームは皆を病気から守る。私たちのコンドームは、皆をやぼったさからも守るんだ。"
G. de Bizemont
"コンドーム"の語源については未だに議論されています。中世の伝説では、コンドームの語源はラテン語で「隠された」や「覆われた」を意味する"condom"ではないかといわれています。
興味深い事に、この説は間違いなのです。ラテン語で"隠された" は "occultus"、そして"覆われた"は "tego"だからです。
中世の人々はあまりラテン語が得意ではなかったのかも知れませんね。…
 

1941年 第二次世界大戦


第二次世界大戦中、コンドームはアメリカ軍の兵士だけにではなく、映画やポスター、レクチャー等を介して知名度を上げていきました。
ヨーロッパやアジアの兵士にも、コンドームが供給されました。1941年にコンドームの民間の使用を禁止したナチスドイツさえも自国の兵士にはコンドームを供給しました。
コンドームが十分に供給されていた事も手伝ってか、各国の兵士たちは性行為以外でのコンドームの使用法を次々と考え始めました。
アメリカ軍のコンドームは随分大きかったにも関わらず、ラベルには“スモール”と書かれていました。それは、敵の兵士にアメリカ人男性の力強さを誇示する為でした。
 

1912年 ユリウス・フロム(Julius Fromm)

 
1912年、ユリウス・フロムというドイツ人男性が従来のコンドームの生産方法を改良したものを開発しました。ガラス製の型を液体状の生ゴムに浸けるこの方法は、"セメントディッピング"と呼ばれました。しかし、この方法では生ゴムを液体状に保つ為にガソリンやベンジンを加えなければなりませんでした。
ラテックス製のコンドームは1920年に開発されました。この方法では人手での成形が必要なセメントディッピング方式よりも手間がかからずに製産できました。
また、ラテクッス製コンドームは従来のものよりも優れた品質でした。ゴム製のものよりも強く、保存期間も5年と、従来の3ケ月より飛躍的に伸びました。
1919年、オハイオ州でフレデリック・キリアンが手作業でラテックスを使い製造する方法を考案しました。ラテックスは耐久性に優れ、匂いが少ない点でもゴムよりも優れていました。
 
 

1876年 東南アジアのラテックス

 
ラテックス製品は1870年代に既にヨーロッパやアメリカで製造されていました。
1876年に貿易商のヘンリー・ウィッカムがセイロンに初のゴム栽培地を始め、当時ブラジルが独占していたラテックスの生産に乗り出しました。
それからゴム栽培が東南アジアに広まってゆきました。
 
 

1868年 ヴィクトール・ユーゴ

 
コンドーム発展の歴史の中で、長年ライバルとして競い合って来たイギリスとフランスの話は興味深いものです。
フランス語でコンドームを意味する– capote anglaise –は、直訳すると "イギリス風フード付きコート"となります。
一方、イギリスではコンドームは "French letters"、つまりフランスからの手紙、と呼ばれています。
フランス文学では、"condom"という呼び方がかの有名なヴィクトール・ユーゴの家についての一文で用いられています:
" Leon Daudet, who accompanied me and who attended the opening of the house of Hugo, said that the cabinets were stacked with "English Capotes" of huge size… and it was embarrassing to hide them in the presence of Mrs. Hugo… !"
 
 

1839年 チャールズ・グッドイヤー


チャールズ・グッドイヤーは、生ゴムの硫化を用いて初の近代的なコンドーム生産に成功しました。
当時、コンドームは使い捨てではありませんでした。そうです、コンドームには5年もの保証期間が付いていたのです!使用後の洗浄を重ねるたびに縮んでしまうため、人々はワンサイズ上のコンドームを購入しました。
 
 

1780年 ラファイエット


若干19歳のラファイエットが1780年にアメリカに渡った時、彼は当時兵隊たちを苦しめていた性感染症から身を守る為、箱一杯のフランス製コンドームを持っていきました。

彼はその羊の腸で作られたコンドームを皆に配り、新大陸にコンドームというものを広める第一人者となりました。

彼は医学や衛生問題に大変興味があり、ジョージ・ワシントン宛に手紙を書いて進言するほど熱心でした。

フランスに戻りフランス軍の中将の位に就いた彼は、兵士たちを脅かす性感染症の実態を目の当たりにしてコンドームの配布にますます尽力しました。1792年7月にはそれを支援する法律が制定されました。

さらに数年後、ダントンとロブスピエールが、ヨーロッパで当時懸念されていた人口の増加や飢饉を防ぐ為に出生率を制限する法を制定しました。div>
 

1650年 シャルル・ドゥ・ラ・コンドミン


フランスの科学者、シャルル・ドゥ・ラ・コンドミンはゴムの木の成分であるヘヴェアを発見しました。
この発見の後、フランスの科学者たちはこのラテックスと呼ばれる新成分をコンドーム生産に使おうと試行を重ねました。しかし、ゴムの硫化技術がまだ開発されてなかったため、ラテックスは高確率でアレルギーを引き起こす可能性がありました。
そのためラテックス製コンドームは初めはあまり人気が出ませんでしたが、シャルル・ドゥ・ラ・コンドミンの名前はコンドームの歴史に深い関わりを持つ人物として刻まれているのです。
ラテックス製コンドームの製法がが改良されるまで、人々は古代エジプト以来動物の腸でできたコンドームを使用していました。
史料によると、伝説の好色家・カサノヴァもこのタイプの避妊具をよく使用していたようです。
 
 

1561年 Dr. ファロピオ

 

イタリア人医師、ファロピオは、コンドームは当時イタリアで猛威を振るっていた梅毒の予防に効果があると論文にて発表しました。
彼は、布製のさやを使い1100人もの男性で実験した結果、そのうちの一人も梅毒にかからなかったと主張しました。
 
 

1492年 クリストファー・コロンブスh2>


アメリカへの2度目の航海の際、コロンンブスはヨーロッパ人として初めてゴムというものに出会いました。
彼は、ハイチ人が見慣れない材質でできたボールで遊ぶのを見ました。南アフリカではゴムの利用の歴史は長く、インカ帝国の時代までもさかのぼると言われています
この石には、左側にはボールで遊ぶインカ人が、右側には広場の囲いにあたって跳ね返るゴムボールの様子が描かれています。
ラテックスの原材料であるヘヴェア"parà rubber tree"は、南アメリカではよく見られる植物ですが、数世紀後までは世界の他の地域には生息していませんでした。
 

紀元前3000年 古代エジプト人


紀元前3000年にはすでにエジプトでコンドームが使用されていた事が明らかになっています。古代エジプトの戦士は羊の腸を使って感染症から身を守っていたのです。
 男性器の保護用品や装飾品がエジプトを始め、インドやギリシャの古代文明で発見されています。